ペンギンのイラスト ねずみのイラスト

川上正浩ブログ

TOP > 先生blog > 川上正浩ブログ >日々雑記

« 読書三昧 |

日々雑記 の記事

授翼の飲み物に...

 勘の良い読者の方はお気づきのことと思うが,エナジードリンクに関しての話である。
 とあるところで聞いた話なのであるが,なぜエナジードリンクの多くは,炭酸が入っているのか,ということについてである。
 こちらも勘の良い読者の方はお気づきのことと思うが,炭酸を入れることによって,扱いが医薬品の部類から外れるからだとのことである。
 なるほどなぁ。
 つまり,炭酸入りにすることによって,自販機とかコンビニとかで「広く」販売することが可能になるからだ,というのが敢えて(かわからないけれど)炭酸を入れる理由だというわけだ。
 もちろん,である。
 「それ」が本当に炭酸が入る理由なのかどうかは定かではない。
 単に,味の相性が良い,という話なのかもしれない。
 川上にはわからないが,吸収の効率がどうの,という理由で炭酸が入っているのかもしれない。
 爽快感を演出する必要があり,炭酸が入っているのかもしれない。
 いずれが正解であるのか,はたまた正解は他にあるのかわからないけれど,なんだかすごく納得させられる理由であるのであった。
 あ,これで思い出したことが一つある。
 それはカップヌードルの......
 あ,ちょっと次のブログにしましょうかね。
 待て次号,って話ですけど。

対面で授業する(2)

 ということで,せっかくシリーズ化した対面授業について少し書いておきたい。
 本学でも秋学期の授業が始まり,部分的に対面授業が復活している。
 楽しいけれど,体力を使うなぁというのが実感である。
 オンライン授業教材を作る際にも,トータルでは同じくらいの時間,喋っている計算になるとは思うのだが,それこそ休み休み,授業を構成していくのに対して,対面型授業は当たり前だが,ぶっ通しで90分の授業を構成するので,これはこれでやはり体力を消耗する。
 これは単に加齢に伴う現象であると考えることもできるかもしれない。
 正直,楽しいので,必要以上に熱く喋ってしまうということもあるのかもしれないが。
 ということで,ともかく授業がスタートした。
 さぁ,これから,って話ですけど。

巻戻をして欲しいのに

 ちょっともう,現代の大学生さんとかには,話してもわからないかもしれないが,ビデオ,と言えばVHSテープ,という時代の話である。
 アメリカの,とあるレンタルビデオ店でのお話なのだが(えっと,レンタルビデオ店は大丈夫だよね?今,DVDになってるだけだよね?),お客さんが指示を守ってくれなくて,大変困っておられたらしい。
 その指示というのは,「見終わった後は,必ずテープを巻き戻して返却してください」,というもの。
 VHSテープは,テープなので,物理的に頭とお尻があるわけで,レンタルしたお客さんは,これを頭から観始め,お尻まで観ておしまい,ということになる。
 この状態では,テープがお尻の状態なので,次にレンタルするお客さんは,お尻を観ることになってしまう(というか観られない)ので,必ず巻き戻して,次にレンタルするお客さんがスムーズに頭から観られるようにしてね,という指示なのである。
 ところが,この指示を守らず,テープを巻き戻さずに,観終わった状態のまま,返却するお客さんが多くて,困った,というのがこのお話である。
 そこで,この課題をどのように解決したのか,ということであるのだが,皆さんなら,どのようにこれを解決されるだろうか。
 実はこのお店の解決方法は,割と大胆で,ある意味では,諦めてしまったのである。
 より正確に言えば,それまでの「指示」を変更した,のである。
 このお店では,指示を「見終わった後は,必ずテープを巻き戻して返却してください」から,「テープは。まず最初まで巻き戻してご覧ください」に変更したのだ。
 こうすることによって,実は状況は一切変わっていなくても,「指示が守られていないじゃないか」とクレームをつけるお客さんがいなくなった,というのがポイントである。
 そもそもこの指示は,お客さん(次にレンタルする)をhappyにするためのものであったのだが,これがお客さん(現在レンタルしている)がこれを守らないことで,お客さん(次にレンタルする)が不快な気持ちになる,という事態が生じていたわけである。
 こうして指示を変更することで,繰り返すが,状況は一切変わっていなくても,見事にお客さんは全員happyになったのである。
 特に,親切なお客さん(現在レンタルしている)が,観終わった後に巻き戻しておいてくれたりなんかすると,お客さん(次にレンタルする)は,やった,ラッキーと得した気分になったりするわけである。
 「校則」についての話,特にブラック校則,などと言われるような,意味不明に見えるほど厳しい校則のことを考えると,この話を思い出すのであるが,それはまぁそれとして。
 最大多数の最大幸福,という考え方があるが,ルールというものは,人がhappyになるためにあるべきものだと個人的には思っている。
 課題をどう解決するか,ってことを考える際に,この,「何を目指しているために起こっている課題か」という視点は忘れてはならないと思うわけである。
 急に大きい話にしてしまったが,課題多き人々にこのコメントがお役に立てば,と思う。
 何よりお前自身が課題多き状況なんじゃないの?って話ですけど。

境界を生きる

 さて。
 境界である。
 高橋留美子先生に
 想いを馳せられた方も
 いらっしゃるかもしれないが
 残念ながら,その漫画の話ではない。

 なんとなくリズム感を視覚化するために,
 それっぽいところで改行を入れて書いてみたが,
 だからと言って良いこともあまりない感じもするので
 この辺りでこうした趣向については,お終いにすることにしよう。

 ということで,だ。
 境界の話である。
 実は現在とある論文を執筆しているのであるが,それがこの,境界にまつわる論題なのである。
 高橋留美子先生に...と前振りしておいてなんなのだが,川上の世代的には,「妖怪人間ベム」が一番ピッタリ来る感じなのである。
 つまり,ベム,ベラ,ベロは,半妖(これまた高橋留美子先生に想いを馳せられた方もいらっしゃるかもしれないが)として,人間と妖怪の境界線上で生きているわけである。
 ちょっと,これは共同研究でもあるし,まだ執筆途中である論文についてあまり多くを語るわけにはいかないので,この辺りにしておくが,要するに,こうした境界線上の生きづらさのようなことを現在執筆しているわけである。
 なかなかにイマジネーションの広がる作業である。
 科学的な理論は「大理論」に価値があるとされるし,何より,個人的には「大理論」は面白いので大好物である。
 こうしたことを考えていると,頭の中で勝手に大理論化が始まって,いろいろな現象やいろいろな領域に発想が広がってしまうのである。
 これはこれで,論文執筆という収束的な作業の妨げになったりもするわけで,つまりは,今,なぜこうしてブログなぞ書いているかと言うと,ちょっと行き詰まっているからである。
 いや,じゃぁ,こんなこと書いてないでさっさと執筆に戻れよ,って話ですけど。

雪見の話を(3)

 ということで,「雪の宿」の当初の名前は「雪見宿」だった,という豆知識の追加編である。
 再び話は雪見だいふくに戻る。
 雪見だいふくの日が制定されているのであるが,これがいつかご存知だろうか。
 正解は11月18日である。
 なぜ11月18日かというと...
 まず11月の「11」は,「いい」の語呂合わせである。
 そこまではご推察の皆さんも多かろう。
 問題は18日である。
 なぜ18なのか。
 正解は,
 雪見だいふく専用フォークと,2個の雪見だいふくが入ったパッケージを縦置きにして眺めると,「18」の文字に見えるからである。

 なんだかすごくないですか?
 何目線なのかわかんないけど。
 とにかく感心したのであった。

 んで,今更ですけど,なんでこの時期に雪見の話三連発なの?って話ですけど。

 むしろ月見では?って話ですけど。

1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11

カレンダー

カテゴリ