ペンギンのイラスト ねずみのイラスト

川上正浩ブログ

TOP > 先生blog > 川上正浩ブログ >日々雑記

« 読書三昧 |

日々雑記 の記事

緊急の事態になる(4)

 やばいやばい。
 緊急事態宣言が延長とのことである。
 実際,大阪は大変な状況が続いている。
 宣言延長が人流を抑える効果をもってくれることを祈るばかりである。
 やはりこの辺りは,心理学的な問題なのだろうと強く思う。
 コロナ禍の現状をどう捉え,どう行動すれば感染拡大が防げるのか,自分が感染しないでいられるのか,そして,自分が感染しないことがどのような意味を持つのか,といったことをどう想像するのか,で人の行動は変わってくるだろう。
 これ,ちゃんと想像すれば,行動は一択だと思うのであるが,現在の感染状況を見るに,そうなっていないからこうなんだろうなと思わざるを得ない。
 となると,人々にどう想像させるのか,というのが,この緊急事態宣言を「活かす」肝になると考えられるのである。
 となると,これ,心理学的ななんらかの操作が必要になるのではないかなぁと思うのである。
 なぜなら情報や状況を「伝える」レベルのことはすでに済んでいるはずだと考えられるからだ。
 違うんかなぁ。
 ともあれ,事態が少しでも早く落ち着きますように,って話ですけど。

敬語を考える(1)

 今回はちょっと敬語について話をしたいと思っている。
 おそらくこういう機会は,今回だけではないだろうなと思っているので,あらかじめタイトルには「(1)」を付けておいた。
 本ブログのタイトルのルール(と言っても自分で縛っているだけであるが)を考えると,なんとなくズルい気がしないでもないが,まぁそれはそれとして。
 とあるダイレクトメールに表現に,

「ご利用するポイント数を入力してください」

 というのがあった。
 皆さん,こういうの,気になりませんか?
 川上の感覚の問題かもしれないが。
 どこが気になるのかというと,「ご利用する」の部分である。
 最近,この手の表現をよく目にするのであるが,どうも引っかかるのである。
 どこがかというと,「利用」を「ご利用」とすることで,こう,名詞部分では敬意を払っていることが感じられるが,動詞部分の「する」がそのまま放り出されていることが気になってしまうのである。
 川上ならば「利用」は「利用」のままにして,「利用される」とか「利用いただく」とかの動詞部分を敬語的表現にするだろうな,と思うのである。
 なぜなら動作の主体に対する敬意,ということであれば,動詞部分への配慮の方が重みがあるのではないかと考えるからだ。
 そして,その動詞部分が「する」という生々しさであることが気にかかるのである。
 もちろん「ご利用いただく」でも良いけれども,これはこれで,ちょっと重すぎる気もする。
 さらに深く考えれば,「利用する」自体が一つのユニットだと考える立場をとれば(「申し訳ない」を一つのユニットであると考えて,「申し訳ありません」は間違いである,とする考え方と同じである),「ご利用する」が妥当なのかもしれないけれども,なんか,こう,釈然としないのである。
 「現代の」敬語としてどういう表現が正しいのか,ということは,多分調べればわかるのだろうが,まぁ,川上が感じる違和感ということでご理解いただきたい。
 世の中にこうした表現が非常に多いように川上は感じるので,逆に言うと,ただのイチャモンかもしれないけれど,って話ですけど。

群雄が割拠する

 昨日の当ブログで,Microsoft Teamsで,という話をシレッと書いたが,本学では今年度より,Zoomではなく,Microsoft Teamsを使用する方針に転換した。
 教員も学生も,まだ慣れない,Microsoft Teamsでの授業運営に,戦々恐々というのが正直なところである。
 最近判明した(幸い,川上の担当する授業では起こっていないが),Microsoft Teamsによるオンライン授業あるあるについて,述べておきたい。
 そもそも,Microsoft Teamsによる同時双方向型授業,というのは,教員が開催するオンラインミーティング,すなわち授業(これがMicrosoft Teamsでは「会議」という概念となる)に,学生たちが三々五々と「参加」してきて,授業開始時間に教員のトークが開始される,というのが予定される流れである。
 しかしながら,Microsoft Teamsでの「会議」に慣れない学生が,教員の開催する「会議」に「参加」する代わりに,誤って,自ら「会議」を開催してしまい,チーム内が「群雄割拠」みたいな状態になってしまうのである。
 学生によっては,別の学生が開催した「会議」に参加してしまったりするので,最悪人気投票みたいな結果になってしまい,教員が,自ら開催した会議を離れ,学生が集まっている会議に参加する,というような「下剋上」みたいなことも起こっているらしい。
 流石に,皆がMicrosoft Teamsに慣れてくれば,こうしたことも減ると思われるが,もし,このブログをご覧の学生諸氏がいらっしゃったら,特に気をつけていただきたい。
 まずは,それでもなおかつ授業が進行できることを喜んで,って話ですけど。

緊急の事態になる(3)

 やばいやばい。
 そろそろ,「やばい」って書きさえすれば良いだろうと思っているだろう,という指摘を受けても仕方がないだろうと思ってはいるのだが,実際やばいのだから仕方がない。
 緊急事態宣言を受けて,本学の授業もオンライン化され,研究会などもオンライン化している。
 本日も,ZOOMで,とあるセミナーを覗いて,その後,Microsoft Teamsでの研究会という流れとなっている。
 今日の研究会に関しては,人数も少ないし,気心も知れたメンバであるので,オンラインであることのデメリットはあまり感じないのであるが,唯一「どこで参加するのか」の選択,という課題がある。
 遅い時間のタイミングなので,家に帰る?どうする?みたいなところである。
 これが微妙な時間帯になると,迷いどころではある。
 しかし,冷静に考えると,結局テクノロジの進歩のおかげで,こうしたこともできるようになったのであるから,まぁそのくらいのことは目を瞑るべきなのであろう。
 ということで,まずは,それでもなおかつ研究会なども進行できていることを喜んで,って話ですけど。

緊急の事態になる(2)

 やばいやばい。
 緊急事態宣言もあり,本学の活動制限レベルの一段階アップした。
 何より,学生さんたちが広義の「大学」というものを利用しにくくなってしまうことが残念である。
 もちろん,大阪の状況が,感染拡大予防により大きく舵を切ることが必要だという認識は川上も持っているのであるが,その中でどう,学生さん達の学びを実現していくか,なかなかに難しいところである。
 よく言うのであるが,授業そのものをオンライン型で行うこと自体は,こちらの工夫でなんとかなりそうだと感じている。
 もちろん工夫が必要だが,という話は,今,確認してみたら昨年9月24日のブログ(「秋期がスタートする(2)」)に既に書いているのでもう繰り返さないが,ともあれここはなんとかなりそうなのだ。
 問題は,多分,それを超える部分,というか「授業」に収まり切らない教育や学びの部分ではないかと思う。
 そうした意味では,「箱」としての大学,あるいは「集いの場」としての大学は,かなり大きな存在であるのだと思う。
 サロン,といっても良いかもしれない。
 大学のサロン性が失われることは,コロナ禍の今,切実な問題であろう。
 もちろん,嘆いていても仕方がないわけで,であれば,どのようにサロン性を担保するか,に意識をシフトさせていかねばならない。
 果たして5月中旬に,緊急事態宣言が解除される程度に,事態は好転しているのか,って話ですけど。

1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11

カレンダー

カテゴリ