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川上正浩ブログ

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短縮の妥当性を考える

 新型コロナウィルス禍で,本当に大変なことになっているが,近所のスーパー,ライフも営業時間を短縮した。
 大阪での生活は「No ライフ,No Life」みたいな立地であるので,それはそれで痛いのであるが,この時代,仕方のないことである。

 ただ,ふと思うのは,なぜどのお店も営業時間を短縮するのかな,ということである。
 何を当たり前のことを,と思われるかもしれないが,個人的には両面あるうるのではないかなぁ,と思うのである。

 営業時間短縮の究極的な目的は感染拡大を抑えることであるだろう。
 居酒屋などの営業時間短縮は,いわゆる「三密」の可能性のある時間を最小にするために,行われていると考えられる。
 そして,これは,言い換えれば「できるだけお店に来ないでね」(経営的にはたまったものではないのはお察しするが)という意味合いの営業時間短縮であり,そもそも休業を選択されるお店もあるだろうし,その要請がされたりもする。

 では,たとえばスーパーの営業時間は,なぜ短縮されるのだろうか。
 一つには,従業員の方々が「感染リスク」に晒されている時間を最小限にすることがあるだろう。
 また,お客さんが減ってきているので,お店のランニングコストを減らす意味もあるかもしれない。

 しかし,である。
 逆に考えれば,ではなぜ閉店ではなく短縮なのかと考えてみると,その理由は,お店側の経営の問題があるのと,生活必需品を扱うお店については,お客さんが必ず存在する(来店される),という見込みがある,つまり,社会的ニーズがあって,それに応えておられるからであろう。

 で。
 この一番最後の理由のことを考える時,営業時間短縮がベストの手段なのかな,とどうしても思ってしまうのである。
 生活必需品を扱うお店については,営業時間が短縮されることによって,デメリットも生じるのではないだろうか。
 それは,営業時間を短縮することにより,限られた時間内に生活者がお店に殺到(これは言い過ぎかもしれないけれど)することにより,そもそもの目的である感染拡大を抑えることができない,という可能性である。
 もちろん殺到は言い過ぎであっても,一定のお客さんが来店されるお店に関して言えば,そのお客さんを分散させることは,感染拡大を抑えるためには,かなり重要なことである気がする。
 そう考えるとむしろ,そうしたお店においては,営業時間を延長して,お客さんが来店される時間帯を分散させることの方が,むしろ感染拡大を抑えることになりはしないか。
 もちろん,先に挙げたような,営業時間短縮のメリットは十分理解しているつもりであるし,たとえば従業員の方の働き方の問題などを考えれば,当然,一概に延長が良い,と言えないのもまた当然である。
 そうした多くのファクタが絡まる複雑な状況の中で,迅速で的確な判断をしていくことが本当に重要な時代であるのだと思う。
 今日の話には結論がないのであるが,自分としては思考のストレッチのような感じである。
 つまり,それなりのファクタは短縮を促進するが,短縮を抑制するファクタもあるのではないかな,という話である。
 念のため言い添えておくが,けして近所のスーパー,ライフに,営業時間を延長してほしいという要望のニュアンスがあるわけではない。
 まぁここで書いたくらいで,それがライフに届くわけもないし。
 あれ,いつの間にか結構長いブログになってる...って話ですけど。

コメント (2)

こしろえいこ:

イギリスでもアメリカでも、乗客の減少に合わせて電車の本数を減らしたら、かえって満員になってしまった、という話ですからね。
鉄道関係者の感染リスクを減らすために勤務を軽減する、ということであればわかりますが…。

こういう事態になると、職場の徒歩圏に居住するか、自家用車を所有するか(かつ日ごろから運転していて、運転スキルに問題がないようにしておくこととセット)が重要だと思います。
公共交通機関でしか移動できない自分が申し訳ないです。

川上:

コメントありがとうございます。

そもそも勤務先(と住居)について考えるときには,「常態」をベースに考えますからね。

構成主義ではないですが,大事なのはファクタとして考えることだと思います。「外出」の何がいけないのか,「お花見」の何がいけないのか,「居酒屋」の何がいけないのかをファクタレベルで考えてリスクを避けることが一番大切だと思います。

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