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川上正浩ブログ

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母語の獲得を考える

 さて,先回のブログ(「母音で問うてみる」)から,またまた随分と間が空いてしまった(マガーク効果とかけようかと思ったが思いつかないのでこのまま進む)。
 実は,またしても某大学に集中講義に出かけていたのである。
 この時期の集中講義は,台風で「とぶ」ことが多く,限られた日数内での15コマの遣り繰りに苦労することがままあるのだが,今回は幸い,台風に見舞われることなく,当初の予定通りに15コマの授業を終えることができた。

 学習と言語にまつわる講義を展開したのであるが,やはり非常に楽しく講義を終えることができた。
 最終日の授業がやや駆け足になってしまった感はあるが(やはり喋りすぎるのである),最低限伝えないといけないと思っていたことは,なんとか伝えられた気がしている。
 それは,言語は環境だということ(と言うか視点)である。
 川上は言語理解,単語認知を専門としているのであるが,研究内容について話をすると「それって心理学じゃなくて言語学なのでは?」というような意見を結構頂戴する。
 もちろん言語学は言語学ですごく楽しいのであるが,川上としては,「人間の言語という環境への適応」を研究しているつもりである。
 「母語」というのは,育った環境で使用されている言語であり,たとえば,日本という環境でヒトが育つ際に,最も適応的なのは日本語を操れるようになることである。
 日本では,情報の入出力のほとんどが,日本語を使ってなされており,それを理解したり,環境に向けて発信したりするためには,日本語が操れる方が圧倒的に有利である。
 こうした環境では,ヒトはその環境に適応し,日本語が操れるようになるのだ。
 こういう適応のプロセスは,実に興味深いものであり,我々の頭の中に「言語」を扱うためのデバイスが(「デヴァイス」と書くべきかもしれないが)どのように構築されるのか,そしてそのデバイスはどのような機能を有しているのか,が研究テーマであると考えている。
 なんだか授業のような感じになってしまったが,ともあれそんなことについては,なんとか授業内で伝えた(喋った?)つもりである。
 響いてくれていると良いなぁと思う。
 まぁ少なくとも,やっているこちらは楽しかったし,学生さん達も非常に協力的であった。
 ありがたいことである。
 学生さんには,まだまだ「レポート」提出が控えているので,終わった感じがしないかもしれない。
 もちろん川上の方も,仕上がったレポートを読ませてもらうことを楽しみにしているが,授業としてはやりきった,というところである。

 と,ここまで書いて気づいたが,実は今のような話,既に2008年(「適応と麻痺とを対比する」)のブログに少し書いていた。
 うーん,なかなか進歩してないもんだなぁ。。。
 ということで,本日のブログはこれまで。

 あれ?母音クイズの答えは?って話ですけど。

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