随分と前の話になるが,某日本教育心理学会の「文系学生に対する心理統計教育の実践」というようなプログラムに参加させていただいた。
実際に本学心理学部(心理学科)の統計初歩の授業を担当しているので,やはり気になるプログラムであったのだ。
やはり皆さん苦労しておられるなぁ,そして,頑張っておられるなぁというのが一番の感想であった。
そのプログラムの中で,日曜大工の講座に通う,という例えについてのお話があった。
曰く。
日曜大工の講座に通うと,いろんなノコギリの使い方やいろんなカンナの使い方,いろんなハンマーの使い方,これらを教えてもらえる。
そして,一定期間,こうした講座に通えば,それなりにこうした道具の扱いに関する知識やスキルは身につくだろう。
しかし。
「でも私が知りたかったのは,椅子の作り方なんだ!」
というのが受講生の気持ちである,というお話である。
なるほど,目的に合致しているかどうかもわからないままに,いろんな道具の使い方を総花的に習うことにはなかなかモティベーションがわかないものだ,というのはまさしくその通りであると思った。
ここに異論があるわけではない。
しかしながら,一方では,「私は椅子が作りたいのに!」という問題より,「私はまだ何が作りたいのかわからない!」というような問題の方が実際の統計教育の妨げになっているのではないかという気もする。
日曜大工の講座の例えにのっかって言えば,「なんだか日曜大工って楽しそうだなぁ」というくらいの気持ちで参加しているのに,「日曜大工を行うためには,大工道具の手入れが大事です。今日はカンナの研ぎ方をみっちり教えます。」と言われて困惑している,というような感じである。
別の言い方で言えば,空手を習いに来ているつもりなのに,車にワックスをかけろとしか言われない,とか,シンクロナイズドスイミングを習いに来ているつもりなのに水族館の掃除をさせられているだけである,とか,そういう感じであろうか(世代的にわからない人の方が多い例えであろう)。
いずれにせよ,「これがやりたい」あるいは「これが知りたい」というような動機づけを持って学べるとすれば,これは強力な“ドライヴ”になるはずである。
ただ,自身の経験を振り返ってみても,大学に入学した段階で(たとえば本学の心理統計法Aの授業は1年生の必修科目である),「これについて知りたい」とか「これについて研究したい!」というような具体的なテーマ(?)を持っていたわけではない。
興味と,漠然としたやる気のようなものがあっただけである。
“興味”は,たぶん尽きることのない燃料である。
なぜなら,世の中にはわかっていないことがまだまだ多すぎるからだ。
ともかくも,“興味”という燃料を携えて入学してくれた学生さん達が,「どちらに行きたいのか?」ということを決めることも含めて,支えていくことができたらと思うわけである。
「何が本当に知りたいことなのかを知る」ことが,今の大学ではまずなされるべきことであると思う。
そこをしっかり意識しながら,学生さん達と関わっていきたいものだ。
まぁ,もはや学生さん達は夏休み,って話ですけど。
コメント (3)
私はの場合は、大学に入学した段階(入学する前の段階といったほうが正確かもしれない)で、
「これについて知りたい」とか「この講義を受けたい」とか「この先生のゼミに入りたい」という目標
を持っていましたよ☆
川上先生のことが好きな死神より
投稿者: 死神 | 2009年8月19日 00:46
日時: 2009年8月19日 00:46
コメントありがとうございます。
もちろんそれぞれの人がそれぞれの想いをもって大学に来て
くれていると思います。そんなそれぞれの学生さんの状況を
しっかり見極めて支えて行きたいものです。
投稿者: 川上 | 2009年8月20日 22:18
日時: 2009年8月20日 22:18
是非、支えていただきたいです(#^.^#)❤
川上先生のことが好きな死神より
投稿者: 死神 | 2009年8月20日 22:30
日時: 2009年8月20日 22:30