某所を車で走っていて,とあるパチンコ店(たぶん)の前を通りかかった。
どうやら何かキャンペーンらしきものを開催中らしく,入り口の左右のスペースに,アオリのコピーがデカデカと書かれて(描かれて?)いる。
入り口の向かって左側に,
「新しい伝説が」
そして,入り口に向かって右側。
「また始まる」
………。
うーん,“また”始めちゃいましたか。。。
なんで“また”にしちゃったかなぁ。
どうして「今,始まる」とかにしなかったかなぁ。
おそらく,そこのお店では,「新しい伝説が始まる」ことが,度々あるのだろう。
それを踏まえての「また始まる」発言であることは推測できる。
そうした意味では,これはむしろ「誠意のある」表現であると言うこともできるかもしれない。
しかしながら,どうしても突っ込まずにはいられない。
そして,それと同時に,そのおかしさについても追求せずにはいられない。
しつこいようだが,ここでの表現は,「新しい伝説が始まる」ことが「また」起こる,ということを指しているのであり,それが「新しい伝説」が,「また」始まる,というような矛盾をはらんだ状況に解釈される(あるいは曲解される)可能性を含んでいることがポイントである。
であれば,「また,新しい伝説が始まる」などとすれば,係り方が一義的になって問題は解決されるような気もする。
一方で,以下のような表現は,これと似た表現でありながら,割とストレートに理解されるような気がするがいかがだろうか。
「新入生がまた入ってきた。」
ここでそれほど違和感が感じられないのは,「新入生が入ってくる」(なんとなく頭痛が痛い式の表現のような気もするが)という現象が,“年度”というサイクルの中で繰り返されることが自明であることによるのではないかと推測する。
つまりは,こうした単純な文の解釈においてさえ,我々の“知識”はデータベースとして機能しているという話である。
認知心理学者らしいブログと言えるのではないだろうか。
でも…落ち着いて考えてみると,「新しい伝説」ってのも,そもそも突っ込みどころなんじゃないの?って話ですけど。
コメント (3)
私は、「また」という部分よりも、「新しい伝説」ということの方が気になりましたねぇ。
「新しい伝説」・・・パチンコ店なんかには、よくありそうなフレーズですが、深く考えると、
「どんな伝説だ?」と気になりますね。 笑
おそらく、その「新しい伝説」の真相は、パチンコ店の中にあるのだと思いますが…。
学生も死神も、パチンコ店には行きませんからねぇ。。。
ハンフレイズ効果が起こっている人達に、任せておきましょうか、「新しい伝説」が
「どういう伝説」なのかは。
川上先生のことが好きな死神より
投稿者: 死神 | 2009年7月 6日 22:41
日時: 2009年7月 6日 22:41
そういえば、先日ある報告書に「新しい伝統をまた創る」みたいなことを書いたような気がします。
ついでに、「90年の歴史を次の100年に引き継ぎ」とも書いてしまったんですが、これはトータル100年なのか190年!なのか・・
まあ、そんな先のことは誰も気にしないということで。
どうもこのブログのネタ部分に影響されているみたいです、私。
投稿者: LO | 2009年7月 7日 02:07
日時: 2009年7月 7日 02:07
コメントありがとうございます。
>死神さん
そうですね。パチンコに参加する個人と,そこで始まる伝説との
関係は気になるところです。ハンフレイズ効果,よくできました(^-^)。
>LOさん
ありがとうございます。ネタ部分が,一番力を入れている部分かも
しれませんf(^ ^;;;。
しかし,「また創る」だと問題ないような気もしますね。これは,
「創る」が,完結時を射程に入れているのに対して「始まる」は完結時を
射程に入れていないということと関係あるのでしょうか。伝説や伝統は
完結(表現が曖昧ですが)した時に伝説や伝統のアイデンティティを獲得
するような気がします。
投稿者: 川上 | 2009年7月 7日 09:07
日時: 2009年7月 7日 09:07