某所で授業をしていたのであるが,そこの教卓のところに貼ってある備品シールが目についた。
そこには,「規格」として,「レクチャー卓 KS-IMR2000」などと記載がなされている。
うーん…
「レクチャー卓」って………。
なんだかものすごく据わりが悪い気がする。
こういうのは感覚の問題だと思うので,気にならない人も多数いらっしゃると思うが(同様に,「足湯的な感じのリラックス装置」である“フットバス”のネーミングも,個人的にはなんだか恫喝されているようで落ち着かないが,製品化に至るまで,それほど気になる人がいらっしゃらなかった,ということなのであろう),そこでカタカナ語と漢語をくっつけたいところがわからない。
もちろん,本ブログの冒頭でも,自身で「備品シール」という言葉を使っているように,必ずしもこうしたカタカナ語と漢語との“ハイブリッド”が気に入らないわけではない。
しかし,この場合には,たとえば“講演卓”とか“レクチャーデスク”とか,どっちかに統一することが自然な感じがするので,気になってしまうわけである。
もちろん,そうした“ハイブリッド”が,「目を引くから」(ある意味では不自然であるがゆえに)という理由で使われることもあるだろうとは想像できるし理解もできる。
しかし,“レクチャー卓”の場合は,そうした意図もあまり感じられないし,よしんばそういう意図があったとしても成功しているようには思えない。
くどいようだが,“オムニバス授業”とか“オリエンテーション合宿”とか“液晶ディスプレイ”とか,そういう構造であってもちっとも気にならないものも多い。
これらと“レクチャー卓”とは,一体何が違うのだろうか。
一つには,“レクチャー”というカタカナ語自体のファミリアリティが,一般的にそれほど高いとは思えないことがあるのかもしれない。
さらには,先ほど“講演卓”という対案を示したが,一度落ち着いて考えてみると,実は,ここで表されている意味を表現するには“教卓”でも十分だと思えるわけで,わざわざハイブリッドな新語を創作するまでもないと思われることも原因かもしれない。
さらに穿って言えば,この“レクチャー卓”は,普通の教卓とは違い,いわゆるAV機器等のコントロールパネルやディスプレイ等を供えた,ハイテクな教卓であり,これを単に“教卓”と呼ぶことを潔しとしないメーカが,発想したネーミングであるとも想像される。
それであるにもかかわらず,出てきたネーミングである“レクチャー卓”には,その辺りの意味がカケラも含まれていないところが気に入らないのだ。
それならそれで“IT教卓”とか“AVコントロール教卓”とかなんとか,それらしい名前にしても良いのではないか(必ずしもベストの解とも思われないが)。
こちらで勝手にいろいろな意図を推測した上で,それがなってない,と苦言を呈していても仕方ないのであるが,なんとなくそんなことを思ったのであった。
ま,ゴールデンウィークだってのに,結局いつものそういうあれか,って話ですけど。