容量に限界を感じる

  卒業論文が佳境に入っている。

 もちろん自分が書いているわけではなく,ゼミ生さん達(+α)の卒業論文が佳境に入ってきているわけである。
 今年はゼミ生自身がそれほど多くないので,頭の整理はつけやすいのだけれど,それでもやっぱり大変である。
 何が大変かというと,それは量的な負荷の問題ではなくて,質的な負荷の問題である。
 というのも,学生さん(ゼミ生さん)達は,それぞれ自分のテーマで卒論に取り組んでいるわけで,当然のことながら,各自のテーマはバラバラである。
 ということは,こちらの立場からすると,複数のプロジェクトが同時に進行しているような状態になるわけで,特に最近の切羽詰まった時期になると,それぞれのプロジェクトの進捗状況が,刻一刻と,それぞれが独立に更新されていくわけで,その動きについていくことが大変になるわけである。
 もちろん仕事であるので,泣き言を言っているわけにもいかないのであるが,こうしたところで自分の限界を感じたりするものまた事実である。
 心理学の領域では,マジカルナンバー7±2,という格言(?)があって,人間が一度に処理できる容量を考えていくと,様々な領域で,7±2,という辺りにその限界が認められる,と言われている。
 たとえば,数字の並び(たとえば携帯電話の番号のような)を頭の中に入れて,そのまま保持する,というような場面でも,7桁くらいのところを超えると,その保持が急に難しくなったりする。
 虹が七色(これは文化によって異なるとされているが),と言われるのも,本来なら連続的であって全然切れ目など無い色のスペクトルを,人間はせいぜい7つくらいに“区切る”ことしかできないのではないか,ということを示していると解釈できる。
 ともあれ,卒論の話であったが,要するに,我々教員にとって卒論の何がしんどいかと言えば,こういう人間の容量の限界を超えるかというようなプロジェクトが同時進行していて,その進捗状況に頭をついていかせることがしんどいわけである。
 一方で,ゼミ生さんにとっては,(もちろん卒論に関しては,という前提で)自分のプロジェクト単品を必死で進めているわけで,どこまでどう進んでいるか,というような進捗状況は当然自分で把握できているし,さらには,こちらも把握しているものだと思われているようなところがある。
 ということで,ゼミ生の皆さん。毎回こちらがプロジェクトについてほとんど覚えていないという前提で,卒論についての話を切り出してください。
 結局こんなところでそういうお願いか,って話ですけど。
 

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